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母にも伝えたかったこの感動

 

『本願寺新報』(平成17年10月20日号)が、親子3代で勤行をする写真を1面に大きく掲載しました。
一昔前は当たり前だったことが、それほど、消滅寸前の珍しい光景となってしまったのでしょう。ましてや、正信偈の正しい意味を知る門徒は、いないといってもいいほどです。
親鸞聖人が一字一涙の思いで書かれた正信偈。以下は、その本当の意味を、親鸞会で初めて知った方の投稿です。

兵庫県 宮林寛さん(仮名)



 私は、大阪で、路線バスのハンドルを握って30年間運転手をしておりました。
 定年まで大手私鉄のバス会社に勤め、退職後も、幼稚園バスの運転手として、子供たちに親しまれてきました。純粋な園児の元気な顔を見る毎日に、生きがいを感じつつも、サイドミラーに映った白髪頭に、

「この町へ来てから仕事ばかりで、人間を磨いてこなかった。これからは、人間として大切なものを学びたい。そや、『正信偈』の意味を教えてくれる所はないやろか……」

と思いました。

 私の生まれ故郷は、石川県金沢です。母が毎朝、仏前で拝読する『正信偈』を聞くうちに、暗唱できるまでになりました。

「仏教には、何か尊いことが説かれているに違いない」と感じながらも、敗戦直後の食糧難を乗り切るため、16歳で大阪へ引っ越して以来、働きづめの生活でした。
 正月と盆に帰省し、母と兄弟8人で『正信偈』の勤行をする時が、親鸞聖人のみ教えに触れる唯一の時間でした。

通信講座で勉強


『正信偈』の中身を知りたくて、毎日曜に、京都・本願寺の法話へ通うようになりました。しかし、真剣に聞いても、何が話されているのやら、私には、皆目分からんかったのです。
 たまりかねてある日、衣をまとった受付係に尋ねました。

「難しい言葉ではなく、もっと分かりやすく話していただけないもんですかね」

 すると、その役僧は、

「仏教用語ですから、分からんでもしかたありませんわ」

と答えたのでした。
 幼稚園バスの運転を辞してからは、本願寺の通信講座を申し込み、勉強を続けました。
 そんな1年前、知人から誘われ、親鸞会の講演会に初めて参詣したのです。

 そこで
「帰命無量寿如来
 南無不可思議光」
の『正信偈』のご説法をお聞きし、分かりやすくて驚きました。

早速、その会場の講師に


「通信講座の本に、『人身受け難し』というお釈迦さまのお言葉が載っていましたが、意味が書いてなかった。あれはどんな意味ですか」
と、疑問を投げかました。
 その講師は、人間に生まれることの有り難さを「盲亀浮木の譬え」を通して話され、それに深くうなずきました。

 その後、講演会やアニメ上映会に続けて参詣し、今までの後れを取り戻そうと、聞法を重ねています。

 自宅に講師を招いた時は、話のひとくぎりがつくたびに、
「なるほどー」
「分かってきたゾー」
と、思わず感動を声にしてしまいます。

 隣で聞く妻も、
「寺は読経や葬式ばかりで、ダメやと思ってました。やっぱり仏教は、生きている人に説かれたものだったのですね」
と語るようになりました。

*    *

 私の心残りは、10年前に95歳で他界した母に、真実の仏法を伝えられなかったことです。亡くなる直前まで、『正信偈』の勤行を欠かさなかった母でした。
 親鸞会でもう少し早く聞ければよかったと思います。離れて暮らす二人の娘には、仏縁を結んで、幸せになってもらいたいです。


 
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目次
・1母にも伝えたかったこの感動
・2一字一字味わいながら 朝夕の至福
 
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