60年間求め続けた『正信偈』の意味
三重県 武藤徹子さん(仮名)
毎日が、もっと聞きたい気持ちでいっぱいです。親鸞会にあって、60年目でやっと、『正信偈』の一字一字を教えていただけるようになったのですから。
叔母にあこがれて、10歳から『正信偈』を平仮名でよく謹書したものです。熱心な真宗門徒だった叔母は、近所の子供たちを集めて『正信偈』の読み方を教えていました。子供が読むためのテキストを作るのが私の役目で、白いざらざらの紙に筆で書きながら、この一字一字にはとても深い意味が込められているに違いないと感じていました。

どうしても意味を知りたくて、自分から寺に足を運ぶようになっていきました。大人ばかりの本堂に入れず、廊下の隅で小さくなって聞いていました。難しい言葉ばかりでしたが、叔母に尋ねても、
『とにかく聞くもんだ。聞き抜きなさい』
と言われるので、そのうち分かるものなのかな、と思っていました。
やがて嫁いだ先も真宗で、朝晩の勤行は欠かしませんでした。しかし相変わらず『正信偈』の意味は分かりません。
子育てが始まると、寺参りもままならならない状態になりました。子育てが一段落したころ、今度は趣味の料理に熱中するようになっていきました。
10年前からはヘルシー料理の教室も開きました。教室はいつも盛況で有り難かったのですが、満足できない心があったのです。
『正信偈』の意味を知りたい、という思いが常に心の底にありました。どうしても知りたい。優秀な教え子に教室を任せて、再び仏法を聞き求めることにしました。
自宅に近い文化会館に行くと、宗派の異なる6つの仏教講座がありました。すべてに参加してみたものの、『正信偈』の意味を説く人はありません。ああ、やっぱりダメか。失望は大きく、半ばあきらめかけ、いや、それでもどこかに説かれる方がおられるはずだ、という気持ちでした。
■
年の瀬迫る昨年12月28日、朝から煮ていた黒豆の香りが漂うころです。新聞を読んでいた夫が大声を出しました。
「おい、『正信偈』の勉強会が今日あるってよ」。
親鸞会発行のチラシを見ると、そこには『正信偈講座』の文字。会場はよく通っていた文化会館でした。
もう正月の準備も、黒豆も忘れて、自転車飛ばして駆けつけました。
親鸞会主催の文化講座会場に入ると若者が多く、寺や他の講座と雰囲気が全く違いました。
「帰命無量寿如来
南無不可思議光」
『帰命』も『他力』も、寺の説教でしょっちゅう出てくる言葉です。でも、『帰命』が救われたということで、『他力』は阿弥陀仏のお力のみをいう。初めて聞くことばかりでした。
それまで寺の説教で、??悪いことをやめて善いことしなさいという話は聞いてきた。
だから自力で助かるように思っていました。そうじゃない。弥陀の本願によらねば絶対に救われないと知らされたのです。そうだったのか。そうだったのか。知らずに死んだら、どうなっていたか……
3月に富山県射水市にある親鸞会館へ初めて参詣しました。
高森先生からお聞きして、もうこの教えに間違いないと、その場で親鸞会の会員にならせていただきました。
親鸞会の会員となり、5月からは、自宅で月1回の勉強会を開き、近所の友人を誘っています。
この付近はみんな真宗ですし、一人でも多くの人に、正信偈の本当の意味を知ってもらいたいと思います。
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