「話し合い法座で 結局わからずじまい」
「宗教は、みな同じじゃないのか」
などをテーマに、門徒どうしが話し合うだけで、住職はほとんど
沈黙という「話し合い法座」が、全国で行なわれています。でも、
結局、何が正しいのか、わからないままで、困ってます。
島根県の高山さんは、強信な義父(故人)に
仏法を大切にするよう、言われ続けてきました。しかし、お寺では
法話を聞く機会もなく、親戚を縁にめぐりあった親鸞会の講師に来てもらって、毎月、親鸞聖人の教えを聞くようになりました。
ところが、この町は、門徒総代が町長をつとめたようなところで、
親鸞会への反対も強く、講演会が数回開催されたころ、会場だった
公民館から「今後は、貸せません」と断られたのでした。
そして、それまで法話会などなかった近隣十二か寺が、「今後は
持ち回りで、勉強会を開きます」と案内があったのです。
さて、どんなお話なのか、と親戚といっしょに行ってみました。
そこでは、本山が薦める「話し合い法座」が開かれていました。
2時間の勉強会のうち、住職が話すのは、「宗教に学ぶ 私の人生」と題しての、最初の10分間だけ。
あとは、小グループに分かれ、
「世間には数多くの宗教がありますが、目ざすところはみな同じで
はないか」
などの課題について、門徒同士で話し合うだけで、親鸞聖人のお言
葉の説明などは全くありません。
結局、門徒間の言いっ放しで、何が正しくて何が間違いか、うやむやのまま散会となったのでした。
ご本山から出ているマニュアル(手引書)によると、
『話し合い法座』
「死後が気にかかるのですが、どうすればよいのでしょうか」
「神を拝むことは、よいことだと思いますが」
など、定められたテーマで参加者が意見交換する。
住職や講師は、なるべくそばで聴聞し、求められたり必要であれば、短く発言する」
とあります。
親鸞聖人や蓮如上人のお言葉が聞きたいのに、これでは・・・と
落胆した高山さんは、自宅に親鸞会の講師を招待して、勉強会が再開されました。
「後生の一大事が説かれず、世間話しかない寺には、用事はありません。これからも、親鸞会館に参詣します」
と、高山さんは聞き求めるようになられたのでした。
親鸞会と寺院の構図 トップへ |
|