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抱える問題と変革への提言
 

寂しい報恩講

富山県の北日本新聞(平成18年11月14日)の投稿欄に以下のような文章が掲載されていました。


参詣者減った 寂しい報恩講
 富山市 男性(無職 82)

 私の子供のころは、10月の終わりからお寺の報恩講が勤められ、その後、門徒の取り越し報恩講が始まるのが恒例でした。そのころになれば秋の収穫も終わり、採りたての野菜を使っての精進料理で、親戚や近所の人を呼んでの報恩講は楽しい年中行事でした。

 最近、お寺の報恩講も参加者が少なくなりました。また、門徒の報恩講も家庭の主婦のつとめやらいろんあ行事が重なり、取りやめる家が多くなりました。これも時代の流れというか、仕方がないことですが、寂しい気がしてなりません。
 先日お寺の会合で住職が「これから寺がどうなるのか心配でならない」といわれました。私も10年近くお寺のお世話をしていたので全く同感でした。

 今のお寺と門徒の関係は、お葬式か法事くらいでしか話すことがなく、若い人たちの顔も知らないようでは先が心配なのは当然でしょう。それにはまず、若い人たちとの交流を持つことが先決でしょう。例えば、夏休みを利用して「本願寺」などのお寺参りをする親子の旅行とか、日曜の宗教講座など地道な努力をしてはいかがでしょうか。また報恩講など家庭とのつながりを大切にすることも不可欠だと思います。
 長いお寺の歴史と、伝統ある立派な建物を守り、子供たちに継承することが大事なことだと思います。(北日本新聞 11月14日 投稿欄より)


このように感じているのは、この男性だけでしょうか。真宗王国と言われる富山県でさえこれが現状ですから、全国各地で、家庭での報恩講を取りやめるところが多くなっているのでしょう。

そのうち寺での報恩講も行われなくなるのではないかと心配します。 歴史や伝統も大事ですが、一番大事なことは、親鸞聖人の教えを、正しく継承することではないでしょうか。


 

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