浄土真宗寺院の未来を考える
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親鸞聖人の教えを聞きたい人の行き着く場所
 

本願寺には信心獲得を求める人がいない

東西本願寺を含む真宗十派による研修会が7月中旬、京都市内の聞法会館で開かれた。
『中外日報』(平成18年7月20日号)によれば、本願寺宗会議員・下川弘暎氏が開会式で、

「最大の危機は信心獲得が真剣に求められなくなったこと。ご法義よりも寺院の存続が優先されている」

と語ったという。
??信心とはいつとはなしに授かるもの。真剣に求めることは要らない?≠ニ永らく説教してきた本願寺から、「信心獲得を真剣に求めよ」とは、まさに青天の霹靂の感がある。内部からこの様な声が上がったのは好ましいが、今更変われるのかな?との声も聞こえて……。

親鸞聖人90年の願いは


「三朝浄土の大師等
 哀愍摂受したまいて
 真実信心すすめしめ
 定聚の位に入れしめよ」(正像末和讃)


に明らかなように、


「真実信心すすめしめ、定聚の位に入れしめよ」


ただ一つであった。
 親鸞聖人が、三朝浄土の大師等と呼びかけておられるのは、印度、中国、日本の三国の構想知識方のことで、印度では釈尊をはじめ龍樹菩薩、天親菩薩、中国では曇鸞大師、道綽禅師、善導大師、日本では聖徳太子や源信僧都、法然上人のことである。

 これらの方々に親鸞聖人は、どうか「真実信心すすめしめ、定聚の位に入れしめよ」と哀願しておられる。

 一切の人々に真実信心を勧めて一日も早く絶対の幸福(定聚の位)に導いていただきたい。親鸞も全力挙げてはおりますが、無碍の一道へ出てくださる方が少ないので困っております。どうか親鸞に力を貸してください、とお願いになっているのである。

 一人でも多く、一日も早く信心獲得して、絶対の幸福になってもらいたいと、ただそれのみを願い続けられた親鸞聖人の御心がよく分かる。

蓮如上人85年の願いもまた同じく、一日も早く一人でも多く信心獲得して、絶対の幸福になってもらいたいの熱望一つであった。


「あわれあわれ、存命の中に皆々信心決定あれかしと朝夕思いはんべり、まことに宿善まかせとはいいながら、述懐のこころ暫くも止むことなし」(御文章4帖15通)


の御遺言で明白である。存命のうちに、みんなの人が信心決定してもらいたい、このこと一つを朝夕思い続けていかれたのが蓮如上人だった。


「この信心を獲得せずば、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきものなり」(御文章2帖2通)

と警告し、


「一日も片時も急ぎて信心決定すべし」(御文章4帖13通)

と願い続けていかれたのは親鸞聖人と全く同じである。

 この信心を獲得すれば、生きてよし死んでよし、善もほしからず悪もおそれず、あるがままで光明の広海を慈航させていただき、この世も未来も変わらぬ幸福を体得させていただける。

 これこそが人生の目的だから、早く信心決定して、この不可称、不可説、不可思議の妙境に出てもらいたい、その願い一つに生き抜かれたのである。




なぜいなくなった真剣な聞法者


 ゆえにこそ、信心獲得のために、「火の中をかき分けて聞け」と、両聖人は真剣な聞法をお勧めになったのであり、親鸞会もその通り忠実に伝えてきた。
 だが本願寺は、真剣に求めるのことを自力と嫌い、何もしないのを他力と勘違いして、親鸞会を非難し続けてきた。

 結果は歴然である。

 親鸞聖人や蓮如上人のお勧めどおり伝えてきた親鸞会は、真剣な聞法者の手で、2000畳の正本堂が建立され、世界の親鸞学徒であふれている。さらに、正座で真剣に聴聞したいという人が増え、大講堂に常設されたイス席が取り払われ、畳敷きに変わっている。

 一方、本願寺はどうであろう。門徒は激減、寺の法話は年々参詣者が減っている。過疎地では寺の跡取りがなく、廃寺化が急速に進んでいる。

 そんな凋落の原因を、これまで本願寺は、時代や社会のせいにしてきた。前述の『中外』の記事にも、次のような記述が見られる。


<世の中の世俗化の進行に反比例して、往生浄土など真宗の教えの根幹が聞信徒や一般の人々に伝わりにくくなって>


 ちゃんと伝えているけれど、世の中が悪いのだと、言い訳している限り、没落の真因は見えてはこないだろう。

??信心獲得が真剣に求められなくなったという最大危機?≠ヘ、信心獲得せよと、真剣に勧めてこなかった本願寺自らが招いた結果にほかならない。

 門主、大谷光真氏自身が自著の中で、
「人間はなぜ生きるのか。ひと言では答えられるような答えは見つからない」と書き、『中央公論』平成18年4月号でも「何のために生きているのか」という問いに、何も答えていないのである。
なぜ、信心獲得こそが人生の目的、なぜ生きるの答えだといえないのか。

これでだれが真剣に求めると言うのだろう?


「説教はつまらん」
「現代の課題にこたえようとしていない」
「一体だれに向かって説教しているのか」


『中外』の記事によれば、聞法の場で、門徒からこうした厳しい意見が出ているそうだ。
 高齢者の生きがい喪失、自殺や引きこもり、相次ぐ人命軽視の事件、何のために生きるのか分からず、将来の不安を訴える人が急増している。

 苦悩の群生海は生きる本当の理由を切実に求めている。にもかかわらず、「なぜ生きるの答えは見つからない」で済ませて布教になるのだろうか。
 本願寺発行の新聞を読んでも「信心獲得」という言葉は見つからぬ。忙しい現代人から、「つまらん」「だれに向かって話しているのか」と、そっぽを向かれるのも当然だろう。
 では、どうあるべきか。


 

蓮如上人のご布教精神

 80余年の生涯、蓮如上人の布教姿勢は一貫して変わらなかった。

「更に蓮如、珍しき法をも弘めず、親鸞聖人の教えを、われも信じ人にも教えき聞かしむるばかりなり」の実践である。

 蓮如は??こうだった?∞?あぁだった?℃рヘ??こう思う?∞?かく考える?≠ネど、一言も聞こえてこない。

『御一代記聞書』などから上人の言行が、僅かに洩れてくるぐらいである。
 なぜこれほど自己を語らず、親鸞聖人の教え徹底のみに生涯を投じられたのか。
 それは偏に??われは親鸞学徒なり?≠フ深い自覚からに外ならない。
 廃れきったあの浄土真宗を一代で再興し、全国に聖人の真実を弘宣された、蓮如上人の偉業には誰しもが驚嘆するが、一体、どんな秘策があったというのだろう。

 勿論、如来聖人の絶大なご加護があったからに違いないが、ただ広大な仏恩に感泣し、聖人の教えを正確に、分かり易く、一人でも有縁の方にお伝えする親鸞学徒の使命に、熱く燃えられた蓮如上人の忠実さにその秘訣を見るのである。

 親鸞学徒は常に、この蓮如上人のご布教精神に学ばねばならない。

 本願寺はじめ、真宗十派も、ぜひともそうあってもらいたいものである。たくましく立ち直ってもらいたいものである。



聞けなかった『御文章の教え』

 親鸞聖人や蓮如上人のお言葉の意味を性格に伝える人が寺にいなくなったのは、ここ数年の話ではない。すでに50年前、西尾佳子さん(富山県・仮名)は、『御文章』の意味を教えてくれる人を探して県内の寺を回り続けたが、一人もいなかったことを証言している。

(以下、西尾さんの証言)
 昭和30年代の初めごろ、高森先生のご法話に参詣しました。そのときのお話に感動して控室に伺ったんです。

「今、聞く一つで絶対の幸福になれるとおっしゃったんですけど、私、住所も名前も、ろくに書けません。そんな者でもなれるんでしょうか」
とお尋ねすると、
「なれるなれる」とおっしゃいました。
 それなら、だれから聞けばよいかと思って、当時、偉いといわれていた布教使の名前を3人ほど挙げますと、先生は首をかしげておられました。

「私、どう聞いたらいいでしょうか」

「『御文章』しっておられますか」

「はい。知っとります」

「それをよく読んで、『御文章』のとおりに教えてくれるひとがあったら聞いてください」
とおっしゃったんです。
 その晩から、『御文章』80通、繰り返し読みました。初は何も分かりませんでしたが、何度も読んでいると、

「ただ声に出して南無阿弥陀仏とばかり称うれば、極楽に往生すべきように思いはんべり。それは大に覚束なきことなり」

とも、

「寝てもさめて命のあらんかぎりは、称名念仏すべきものなり」
とも書かれていて、どっちがほんまか、と思いました。
「南無というは帰命なり」と、南無阿弥陀仏の訳まで書いてある。それが分かったら、高森先生がおっしゃたような、国中の宝を丸もらいしたほどのうれしい身になれるんかな、と思ったり………。


高森先生だけだった


 分からんところ、『御文章』から6カ所くらい書き出しました。高森先生にお聞きしたいと思っても、いつご法話があるか分からない。そこで城端別院へ行って尋ねたんです。

「あんたがそんな尊いことを言うのは、ちょうど夏の気候が『暑い』と言わせるのと同じで、阿弥陀さんが言わせているのだから、そこを喜びなさい」

と言われ、これは違うわ、と思いました。
 それからも、あちこちの布教使の話、2年間ほど聞き歩きましたが、とんでもないことを言う人ばかりで、これもあかん、これも『御文章』と違うと思ってね。
 今度は福光の西別院で説教大会があると聞いたので、6、7人の友達と行くことになりました。そこへ向かう途中、高森先生のご説法があるという張り紙が出とったんです。

 私だけ説教大会はやめて、高森先生のご法話へ行きました。そしたら、私が疑問に思っていた「信前信後の念仏」についてハッキリお話して下さった。
 ああ、やっぱり『御文章』のとおりにお話しくださる先生は、ほかになかったんだなあと知らされました。

【参照】高森顕徹先生との出会い



 

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