本当は本願寺も知っいる 御名号こそ真宗の正しい本尊
東本願寺が毎年春に開催する「蓮如上人御影道中」は、上人の御影とともに、京都の本願寺と、吉崎別院(福井県あわら市)とを歩いて往復する行事です。
「御影道中」は、今年で333回を数えます。
10人ほどの世話人(供奉人)が、御輿の御影とともに、240キロを1週間かけて福井へ向かう「ご下向」と、吉崎での御忌法要のあと、また歩いて本願寺へ戻る「ご上洛」に分かれています。
各地で出迎える門徒は、お立ち寄り所で法話を聞き、ともに、蓮如上人の北陸教化のご苦労を偲ぶことになっています。中村さん宅は、代々お立ち寄り所になっていました。
そのとき起きた、ある事件について、中村依子(仮名)さんの手記を紹介します。
御名号本尊に難癖
お立ち寄りの日付が決まり、せっかく集まる近隣の人々に、親鸞聖人の本当のみ教えを聞法してほしいと思い、私は親鸞会の講師を招待しました。到着予定の1時間前から、親戚らとともに『白骨の御文章』の説法を聞かせていただきました。
その余韻に浸っていた頃、御影が到着されました。大きなお仏壇の前に、御影の収められた赤い輿が安置され、長距離を歩いてきた世話人たちが、仏間で骨休みしていました。
ところがその中の、スキンヘッドの60代の同行が、突っ立ったまま、お仏壇をのぞき込むや、
「何や、この家は名号か。だれが書いた?」
と騒ぎ始めたのです。
居合わせた友人の白川さんが、
「親鸞聖人のご真筆ですよ」
と、きっぱり答えると、
「そしたら、お前らは親鸞会だろう」
と声を荒げてきました。
近所の人も多く集まっている場での暴言に、夫や嫁は困惑していました。
名号に替えてよかったのか?不安がる親戚
台所でお茶の用意をしていた私は、異様な雰囲気に気がつき、仏間へ行ってみました。すると、その男は、
「あんた、奥さんか。親鸞会は西本願寺に、土足で上がり込んでいったのを知っとるんか。手次はどこだ」
とさらに、ありもしない事実無根の中傷をしてきました。
私は憤然とし、
「この場でそんなことを言うのは、お断りします」
と言うと、ようやく騒ぎは収束しました。しかし、親戚らは、
「以前の木像は、どこへやった?名号に替えてよかったのか」
と動揺しています。家族の顔にも、不安の色が濃くなりました。
その後、一人の僧侶の説法が始まりました。
「煩悩はこのままで生きていくしかないんやなー、と思えば、さわりがさわりにならなくなる」
という、のんきな話でしたが、憤りと混乱で、私たち家族には、全く耳に入りませんでした。
次ページでは、東本願寺がその誤りを認めます。
1/2 次のページへ
HOME |